ここしばらくは、元プロ野球選手のK氏の覚せい剤取締法違反による逮捕のことでマスコミはかまびすしい。連日連夜と言ってもよい過熱報道ぶりである。確かに彼はそのくらいのビッグネームだった。高校1年生の時に甲子園選手権大会で鮮烈のデビューをしたことは今でも記憶に残っている。優勝候補筆頭の対戦チームから、高1の彼は特大のセンターバックスクリーン越えの大ホームランを放った。あの時の彼の姿を目を閉じれば思い描くことができる。

 その後、プロに進む時に契約問題のこじれがあり、彼は意中の球団に進むことができなかった。そのドラフト会議で、彼は別の球団に栄えある1位指名されたにも関わらず、学生服に詰襟の彼が悔し涙を浮かべていたのが忘れられない。なんと言ってよいのか、大人の社会に触れたというか、そのことで彼の中に何かが起きたということはあるかもしれない。小さな子どもの頃から、寝る前にその意中のチームのユニホームを着て眠っていたというのだから、無念さは幾ばくだったろう。

 しかし、プロでは新人の1年目から、早々に1軍で大活躍のデビューを果たし、あっという間にそのチームの不動の主砲の名を欲しいままにした。優勝請負人の感さえあった。スター選手の花道を彼は歩いていた。高額の年俸を手にし、幸せな家庭もできて、人も羨むスーパースターの人生がそこにはあると誰しも思ったろう。でも、絵に描いたような世界というものは本当はどこにもないのかもしれない。

 残念なのは、彼の有名がこのような形で地に堕ちたということではない。もちろん、残念には違いないが、本当に残念なのは彼がもっと前に覚せい剤と手を切ることができたのに、そのチャンスを失い続けて来たことだ。少なくとも前回の疑惑が囁かれた時に、あれを機にきっぱり覚せい剤を止めることはできなかったのか?逆に、あの時に言い逃れができたかに見えたのが、却って悪く働いたか。しかし、あの時、とことん堕ちることを彼が選らんだということだろう。だから彼自身が、いつかやがて今日の日が来ることをわかっていたということなのだろう。

 それがK氏の選択であったのだから、もはや他の者がとやかく言うことではない。法の裁きを受けて償うことと、しかるべく施設に入って薬物中毒から体を回復することしか当面はないだろう。そこから来る日、もう一度這い上がることができたなら、私はK氏を大いに見直すだろう。
 『・・・人生が繰り返すことはないけど、やり直しはいつだってできるだろう。泣いて昨日を振り返るより、明日の詩を唄おう・・・』どこかで聴いたことがある歌謡曲のこの一節が、K氏の耳に届くといいと、ふと思う。(了)  文責;島田真樹