また相撲ネタである。時々相撲の話がしたくなる。相撲には伝統に育まれた、なんというか形式美があると思う。土俵で取る相撲に型があるが、相撲界全体にも型があるのだろう、背景がしっかりしていて、ここに載せて描いたらよい絵ができそうな世界だ。力士を包む空気に歴史が滲んでいるのだと思う。

 この初場所では、久々日本人力士が優勝賜杯を手にし、それが10年ぶりだというニュースに沸いた。ただ、この長い沈黙を破ってみせたのが、他ならぬ琴奨菊だと予想できた人は滅多にいなかったにちがいない。これは本当に意外だった。ダークホース中のダークホースであった。なにしろ前の場所は8勝7敗でぎりぎりの勝ち越し。また、至るところにサポーターを巻いていて、故障に苦しんでいる様子が丸分かりの姿だった。そんな先場所までの琴奨菊の様子から、まさか今場所優勝するとは思えなかった。

 しかし、今場所の優勝はけしてフロックではない。圧勝、圧巻だった。まずモンゴルの3横綱をすべて薙ぎ倒した。大関陣も総なめだ。終わってみれば見事な14勝1敗。この唯一の負けは、幼馴染で中学時代は同じ学校の同窓だった豊ノ島に敗れたものだった。ちょっと因縁めいている。千秋楽の優勝を決めた大一番を終えて、控えに帰る花道の奥で、豊ノ島は琴奨菊に祝福の出迎えをしていた。笑顔で握手を交し合っていた。一昨日の友が昨日は敵となって、今日また友となった。豊ノ島はテレビのインタビューで『最も嬉しく、最も悔しい』とコメントしていた。まさにそうだろう。

 琴奨菊の今場所はまるで別人のようであった。別人も別人、短期間でこれほどにも変われるものかと思わしめ、進境著しいものがあった。確かに体格も大きくなっている。僧帽筋がモリモリと盛り上がっていて、相当に筋肉トレーニングを行ったことをうかがわせる。ほかにも全身が筋肉を纏い、その分大きくなっていた。でも一番大きな変化はこのことではない。体格、体調もさることながら、最も変わったと思ったのは、土俵に上がってからの琴奨菊の落ち着きぶりである。これは画然とちがった。以前は、スグに舞い上がっていた。大一番では上滑って空回りしている印象が強い力士だったのだ。今場所のあのどっしり感とは無縁だったと思う。

 『今日もルーティン尽くしの一日でした』優勝インタビューで琴奨菊は優勝を掛けたこの日の一番について感想を求められ、こう答えていた。続けて『勝ち負けより、自分で決めたことをやり抜くつもりだった』とも答えた。なるほど!ここにあったのだな。おそらく琴奨菊はメンタルトレーニングを積んでいるにちがいない。イメージトレーニングをしっかりやっているだろう。体力の強化だけであれだけ変わることはないと思える。自分のベストの相撲を取り切るための最良の一日の流れのことを“ルーティン”と呼んでいるのだろう。やっぱりメンタルが変わった時に真の強さは出てくる。

 メンタルが変わると言えば、琴奨菊の新婚の愛妻の存在が大きいようだ。『優勝賜杯を取って、その横に妻を座らせる』そういう約束をしていたらしい。大切に思う人がいて、護るべき者があると思う時、その人物のメンタルは急激に強くなるのだろう。琴奨菊が力を出せたわけである。(了) 
文責;島田真樹