トルコ空軍が、ロシア空軍機をシリア、トルコ国境付近で撃墜するという事件が起きてしまった。戦争になるのではないか?と世界に緊張が走った。学生の頃、世界史で露土戦争という帝政ロシアとオスマントルコとの間の戦争について習った覚えがある。今のトルコはオスマントルコではないし、ロシアも140年ほど前の帝政ロシアではない。しかし、歴史は繰りかえされるとも言う。人類の最終戦争の導火線になるのではないか?というような声まで今回出ていた。

 基本的には国境紛争の様相である。多分そうなるだろうと誰もが予測した通り、真っ向からこの件に対する主張が双方で対立している。トルコ側は、ロシア空軍機がトルコ国境を侵犯し、トルコ空軍の警告に従わなかったので撃墜したと発表しているが、ロシアは真反対にロシア軍機による領空侵犯は一切ないと断固としてトルコの主張を犯罪行為と突っぱねている。どちらが正しいのか?こうなると実際にはあまり大きな意味を為さないのかもしれない。なぜなら何がなんでも自国は正しいと言わざるを得ないようだからである。国家の威信というものは、時に厄介である。

 両者とも、互いに悪だと認定されるのはまっぴらであるのはまちがいない。『われを悪と言うなかれ』、『言ったらただじゃおかないぞ』、『取り消せ』、『いや、そちらこそ取り消せ』。これが繰り返されているのだろう。どこにでもある諍いとまったく変わらない図ではある。ただ、このような形で、互いにもの言う相互の主張の応酬であればあってもよいし、それは許容されてよい。しかし、手を出してしまうと話は変わる。国家間のそれは戦争となる。個人が決闘で片をつけるなどというのは、まさにただの短気であって、男気などと言うべきではない。まして、国家間においてをや。これは強さ比べではけしてない。それはただの弱さ比べでしかない。

 実際には、トルコはロシア産天然ガスの輸入をエネルギー供給の柱としている現状がある。エネルギー供給が絶たれることは、その深刻な影響が国民生活に直結する重大事となる。つまり、トルコもロシアも平時は相身互いの間柄と言えるわけだ。政治がその両国の関係を損なえば、互いに大きな痛みを負うことになる。それがわかっていて、尚、戦闘機を互いに接近させ、交錯させる判断を下すなら、そこに真の指導者はいない。けれども、今は、幸い事態はそうなってはいない。だからまだ間に合う可能性はある。(了)  文責;島田真樹