ここのところ、日本中で豪雨災害が発生している。特に広島市を襲った驚異的な豪雨の被害は、死者・不明者90名あまりとなった。また、北北海道でも強烈な豪雨が大きな災害をもたらしている。報道で見聞きする限りのことながら、これほどの豪雨には備えられないのではないのかとさえ思った。改めてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げる。

 季節は激しく動いている。夏休みももうすぐ終わる。どんな夏休みだったか?できれば生徒たちには明け暮れてもらいたい。何でもいい。力いっぱいやり切る、という経験が夏休みには似合う。もちろん、受験生諸君は、夏の間、講習の授業や自習に励んでいた。まずはそれでよいのだ。明け暮れる経験は、必ず種になる。芽が出るかはわからない。しかし、種はできると思う。種がなくては何事も始まらない。

 それがどんな種なのか?どんな木がどんな実をつける種なのか?それはわからない。場合によっては、それは一日のうちに生まれ、一日のうちに死ぬる草の種かもしれない。百年も生え続ける大木にはけしてならない。しかし、その種こそが貴重だ。今日、明け暮れて、明日の種を一粒得る。そしてその種を、眠りの森に蒔いて、朝起きた時、芽を出す。本当はそういう繰り返しなのではなかろうか。

 一日しかない。今ある一日だけだ。明日も、明後日も、1年後もその先も、ずっとずっとあると思って日々を送っているのが普通の人だ。まだあると思えばこそ、その一日を軽くやり過ごしてしまうことが多い。今日くらいは、一日くらいは、と軽くいなしてしまう。いいだろう。軽くいなす日があってもいいだろう。しかし、今日一日で終わってもやむをえない、その覚悟をもっていなすなら、いなせばよい。

 まず、種をもらえるように一日を生きる。その種で次の一日が始められる。生徒たちに、このことを受け止めてもらうことは可能だと思うのだが、やはり、なかなか難しい。(了)