先日、高校野球の地方予選でめったにない試合にお目にかかった。石川県大会決勝。伝統校の星陵高校対小松大谷高校の一戦は、今後当分の間、石川県民の記憶に留まることだろう。この試合、小松大谷高校は、強豪星陵高校を9回表終了時点で8対0とリードしていた。普通なら、これはもう楽勝であって、よもや負けることはあるまいと誰しも思うワンサイドゲームだ。ところが、これが甲子園への切符が目の前に見える最終回の恐ろしさ。星陵打線は神がかった連打に次ぐ連打で、なんとこれをひっくり返してしまった。終わってみれば9対8のサヨナラゲームだ。ニュースで目にしただけだが、これにはまったくもって驚きを禁じえなかった。

 試合は終わってみるまでわからない、とはよく聞く言葉だ。まさにこの言葉通りの試合であった。両チームともナインは試合後、皆泣いていた。それはそうだろう。星陵ナインは言わば一度は地獄を見たわけだし、小松大谷ナインは天国に手が掛かっていたわけだ。それがひっくり返ったのだから、歓喜も痛恨もともに並ではないだろう。泣くしかないだろう。特に小松大谷ナインにとっては、残酷とも言える敗戦だ。残念でならないにちがいない。悔やむ思いも絶対にあるはずだ。なぜ、ほとんど手にしていた甲子園への切符が指の間をすり抜けたか?ちょっと気持ちの整理ができないのではないだろうか。時間が必要なのかもしれない。

 たまたま起きた逆転劇ではあるだろう。こんなことは確率として小さ過ぎる。この勝敗の必然性を説明することはできないことに思える。ただ、想像はできる。そして、これほどのミラクルを前にすると、たくさんの想像が勝手に動き出す。そこで1枚気になる写真があった。それは試合翌朝の新聞記事。甲子園予選のコーナーにあったもので、9回裏、8点リードを許し、これから最後の攻撃に向かわんとする星陵ナインが、ベンチ前で円陣を組んでいる写真だった。なんと微笑を浮かべて監督の話を聞き入っているのであった。一人だけではない。大半のナインが微笑んでいる。時まさに8点リードされた最終回に臨む前にだ。ちょっと凄い写真だと思う。

 想像するに勝敗を分けたのは、この笑顔ではないかと思った。もう、ああだこうだ言ってもしょうがない。やれるだけやるのみ。そんな声が聞こえそうな笑顔だった。つまり、星陵ナインは完全にチャレンジャーの気持ちになったのではないか。戦前、下馬評的には名門校星陵が有利とされるに決まっている。星陵ナイン自身もそう思っていただろう。一方の小松大谷は、試合開示前から、序盤、中盤とそれこそチャレンジャーだったろう。胸を借りるくらいの気持ちだったのではないか。ところが最終回、チャレンジャーでいることが極めて難しくなった。勝ちが見えて守勢に入った。護りに入るというやつだ。護りに入った途端、チームが自ら崩れた面もあった。まさに、9回裏の時点で挑戦者が入れ替わったように思える。難しいことだと重々承知しているが、最後まで挑戦者の気持ちを持ち続ける方に、道は拓ける、また、このことを思い知った。(了)