2014年08月

一日分の種の話

 ここのところ、日本中で豪雨災害が発生している。特に広島市を襲った驚異的な豪雨の被害は、死者・不明者90名あまりとなった。また、北北海道でも強烈な豪雨が大きな災害をもたらしている。報道で見聞きする限りのことながら、これほどの豪雨には備えられないのではないのかとさえ思った。改めてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げる。

 季節は激しく動いている。夏休みももうすぐ終わる。どんな夏休みだったか?できれば生徒たちには明け暮れてもらいたい。何でもいい。力いっぱいやり切る、という経験が夏休みには似合う。もちろん、受験生諸君は、夏の間、講習の授業や自習に励んでいた。まずはそれでよいのだ。明け暮れる経験は、必ず種になる。芽が出るかはわからない。しかし、種はできると思う。種がなくては何事も始まらない。

 それがどんな種なのか?どんな木がどんな実をつける種なのか?それはわからない。場合によっては、それは一日のうちに生まれ、一日のうちに死ぬる草の種かもしれない。百年も生え続ける大木にはけしてならない。しかし、その種こそが貴重だ。今日、明け暮れて、明日の種を一粒得る。そしてその種を、眠りの森に蒔いて、朝起きた時、芽を出す。本当はそういう繰り返しなのではなかろうか。

 一日しかない。今ある一日だけだ。明日も、明後日も、1年後もその先も、ずっとずっとあると思って日々を送っているのが普通の人だ。まだあると思えばこそ、その一日を軽くやり過ごしてしまうことが多い。今日くらいは、一日くらいは、と軽くいなしてしまう。いいだろう。軽くいなす日があってもいいだろう。しかし、今日一日で終わってもやむをえない、その覚悟をもっていなすなら、いなせばよい。

 まず、種をもらえるように一日を生きる。その種で次の一日が始められる。生徒たちに、このことを受け止めてもらうことは可能だと思うのだが、やはり、なかなか難しい。(了)

 

その体験はなくともの話

 終戦から69年が経過し、いよいよ戦争を知る世代は少数となっている。終戦の日、たまたま出会えば挨拶など交わす自宅近所のご老人と立ち話になり、そんな話になった。当時13歳だったその方は、親兄弟は既に亡くなっていて、その方だけが存命なのだそうだ。とにかく空襲警報に夜ごと叩き起こされて満足に眠れない日々、心底お腹が空いてひもじかったその頃の辛さが今も忘れられないと言われていた。戦争は子供に一番過酷なものだとわかる。どんな理由があっても、自国の子供たちを戦禍にさらした指導者は、相応の責めを負わなければなるまい。

 徳川時代は260年以上、戦禍という戦禍のない時代であって、このことは世界史上であまり類例をみないと聞いたことがある。この一点をもってすれば、徳川家康は立派な骨組みの国家を作ったと言えるだろう。応仁の乱から続く長い戦乱の世を最終的に平定し、かつその後、後継政権を安定的に継続させる仕組みを残し、戦乱のない世の中を残した。厭離穢土という彼のスローガン通りの天下を残したということは改めて評価されるべきだと思う。

 この総じて平和な江戸時代、日本の庶民の子弟教育は著しい進展を見せる。ご存知、寺子屋の普及は加速度的と言えるほど凄い勢いで広まって行った。人口が現在の5分の1程度であった江戸時代末期に15000以上の寺子屋が在ったというのであるから、現在の人口に照らせば15000×5倍の75000程度の寺子屋が在ったイメージだ。小中高生対象の学習塾が全国に50000社、学校が公私合わせて約40000校。合わせて90000事業所。これとそれほど遜色ないほどの教育網が江戸時代に既に在ったということは、案外凄いことである。その後、明治の近代化は非常にハイペースであって、世界史上の奇跡と評されているのを目にしたことがある。しかし、それは奇跡ではなかったということだろう。民度が高かったということだ。

 塾のご先祖様はやはり寺子屋だろう。実際におよそ50000社の塾のうち、9割以上は個人塾である。ご当地にあって、学校の先生には異動があるが、異動することなく場合によっては親子でお世話になるような地域に根ざした個人塾がいくつもあるが、これはまさに寺子屋のイメージではなかろうか。日本人の民度ということを考える場合、塾にはそれに対する一定以上の働きかけがあったと見て差し支えないだろう。

 塾も戦後の平和な時代、特に高度成長時代に急激に増えたものでもある。江戸の太平の世に寺子屋が隆盛したように、戦後70年間余りを数えた平和な時代に、塾も一定の隆盛を見ることとなった。平和は教育になくてはならない。また、同時に教育は平和のためにあるとも見える。そのために何をどうするべきか、にわかに見えては来ないのだが、塾の講師や学校の教員とは、そのような仕事であろうと思う。
 あの太平洋戦争を実際に体験した人々が少数となって、またぞろ戦争の準備を始めるようでは、教育は何をして来たのか?ということになる。経験しなくてもその非を伝えることができるが教育ではなかったろうか。(了)

 

“見せ球”の話

 台風一過となった。お盆前に台風が日本に上陸し、その爪を立てて掻き毟って行くのは珍しいことだ。この台風11号の影響で、夏の甲子園も開会式が順延となった。なんと54年ぶりと言う。おまけに気団の関係なのだろう、暴風雨とともに冷気も入って来ていた。そんな折も折、青森地方では地震が起きている。世界の地震の20%が日本で発生していると言うが、台風とダブルで襲い掛かられてはかなわない。猛暑から一転。激しく変化するこの頃の気象である。

 消費税増税の影響により、各種景気指数が軒並みマイナスを指し始めている。もっとも、プラス3%もの増税が景気への影響軽微と言う方が元々不自然だ。これから益々景気の混迷は深まるように思える。それにしても、景気という字はよくできた文字だ。“気の景色”というわけである。“病は気から”とも言うが、“不景気も気から”ではなかろうか。消費者マインドは最悪の冷え込みを今後迎える予感が濃厚だ。買い控えが凄い勢いで進んでいる。アベノミクスから一転。デフレの沼から這い出ることはなかなかに難しい。

 生徒たちにも影響がもちろん出ている。学習塾の生徒について言えば、新規入塾者数がこの夏あたりから本格的な前年減に突入した感がある。これは、おそらく業界全体に渡ることだろう。特定事業者だけの問題ではない。家計における教育費への皺寄せがはっきり出ていると見えるからである。この状況下、業界人としては安閑としていることはできない。ただ、焦っていてもしょうがない。ここはある程度の長考も可だと思っている。

 食材が凍ってしまって、硬くて包丁の刃が立たない時は、しばらく解けるのを待つのが上策。慌てず騒がず、まずその時を待つ。その間は、食卓を片付けたり、食器を磨いているなりすればよい。あるいは、敢えて再び冷凍庫にしまうのも有りだ。違う生の食材を仕入れてしまえばよいのだし、なんなら、畑に種蒔きから始めてもよい。時を悟ること。これはすこぶる大事な能力だ。闇雲に走ればよいというものではない。今大事なのは『いつ走るか』の方だ。

 野球のピッチャーの投法に、配球上の“見せ球”というのがある。たとえば、外側、アウトコースへの低めの変化球、スライダーあたりを決めて仕留めようと考えたら、その前に打者の内側、インコースの高めに真っ直ぐな速球で、胸元あたりにのけ反るくらいわざと外した球を投げておくなんてことをピッチャーはする。その球をバッターに見せておくである。直前の残像は人に大きな影響を与える。次のアウトコースへのスライダーがウィニングショットになる確率はかなり高くなるわけだ。次を活かす工夫がこの“見せ球”だ。流れを見て、次を用意することだ。(了)

 

挑戦者の気持ちを持ち続ける話

 先日、高校野球の地方予選でめったにない試合にお目にかかった。石川県大会決勝。伝統校の星陵高校対小松大谷高校の一戦は、今後当分の間、石川県民の記憶に留まることだろう。この試合、小松大谷高校は、強豪星陵高校を9回表終了時点で8対0とリードしていた。普通なら、これはもう楽勝であって、よもや負けることはあるまいと誰しも思うワンサイドゲームだ。ところが、これが甲子園への切符が目の前に見える最終回の恐ろしさ。星陵打線は神がかった連打に次ぐ連打で、なんとこれをひっくり返してしまった。終わってみれば9対8のサヨナラゲームだ。ニュースで目にしただけだが、これにはまったくもって驚きを禁じえなかった。

 試合は終わってみるまでわからない、とはよく聞く言葉だ。まさにこの言葉通りの試合であった。両チームともナインは試合後、皆泣いていた。それはそうだろう。星陵ナインは言わば一度は地獄を見たわけだし、小松大谷ナインは天国に手が掛かっていたわけだ。それがひっくり返ったのだから、歓喜も痛恨もともに並ではないだろう。泣くしかないだろう。特に小松大谷ナインにとっては、残酷とも言える敗戦だ。残念でならないにちがいない。悔やむ思いも絶対にあるはずだ。なぜ、ほとんど手にしていた甲子園への切符が指の間をすり抜けたか?ちょっと気持ちの整理ができないのではないだろうか。時間が必要なのかもしれない。

 たまたま起きた逆転劇ではあるだろう。こんなことは確率として小さ過ぎる。この勝敗の必然性を説明することはできないことに思える。ただ、想像はできる。そして、これほどのミラクルを前にすると、たくさんの想像が勝手に動き出す。そこで1枚気になる写真があった。それは試合翌朝の新聞記事。甲子園予選のコーナーにあったもので、9回裏、8点リードを許し、これから最後の攻撃に向かわんとする星陵ナインが、ベンチ前で円陣を組んでいる写真だった。なんと微笑を浮かべて監督の話を聞き入っているのであった。一人だけではない。大半のナインが微笑んでいる。時まさに8点リードされた最終回に臨む前にだ。ちょっと凄い写真だと思う。

 想像するに勝敗を分けたのは、この笑顔ではないかと思った。もう、ああだこうだ言ってもしょうがない。やれるだけやるのみ。そんな声が聞こえそうな笑顔だった。つまり、星陵ナインは完全にチャレンジャーの気持ちになったのではないか。戦前、下馬評的には名門校星陵が有利とされるに決まっている。星陵ナイン自身もそう思っていただろう。一方の小松大谷は、試合開示前から、序盤、中盤とそれこそチャレンジャーだったろう。胸を借りるくらいの気持ちだったのではないか。ところが最終回、チャレンジャーでいることが極めて難しくなった。勝ちが見えて守勢に入った。護りに入るというやつだ。護りに入った途端、チームが自ら崩れた面もあった。まさに、9回裏の時点で挑戦者が入れ替わったように思える。難しいことだと重々承知しているが、最後まで挑戦者の気持ちを持ち続ける方に、道は拓ける、また、このことを思い知った。(了)


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