2012年11月

W君の話 (2)

9月の記事に書かせてもらったW君から先日携帯に電話がありました。とある学校法人の常勤職をW君は受験していました。その結果を待っているところでしたので、いよいよそれが出たことがわかりました。おそらくやれただろうと、二人で選考後に確認し合ってはいましたが、試験はやはりみずものです。少々はらはらしながら結果を待っていたわけです。W君からの電話は着信時には取れなかったので伝言で聞くこととなってしまいました。その第一声は『Wです。ありがとうございました。お蔭で・・・』と始まりました。いやぁ、本当によかったです!なにしろW君がぜひ働きたいと言っていた学校さんだったですから、本命を射止めたわけですからね。

こちらの学校さんの2次選考の模擬授業が、事前に課題を与えられない形式であると選考の2週間ほど前に聞いて、一緒に対策を相談しました。その場で授業準備を求められる選考形式だから、プリント配布型の授業は準備できません。自分でボードに板書を書き起こすスタイルに授業内容を組み直すことが必要となりました。それまでW君は自作のプリントを使った授業を磨いてきていましたので、スタイルに関して、にわかにガラガラポンが必要になった感じでした。
また、応募先が中高一貫の学校さんである点を踏まえると、新人の投入にあたって最初は低学年からの配属が構想されているのではないかと読み込んで、中学分野による模擬授業となるだろうとヤマかけしました。地理は“中国”、歴史は“鎌倉仏教”、公民は“憲法”といった具合です。W君はそれぞれ地歴公民と教科書を用意して、中学社会3分野の板書起こし型授業の追い込み対策に入ることにしました。

直前対策を始めてみると、やはりスタイルの変更はかなり戸惑いを感じているようでした。しかし、W君は“空間を作る授業”ができるようになってきていましたので、修正としては微調整に属するものではありました。ただ、いつも感じることですが、実際にやってみて、うまくいかない実感を持つことこそ課題突破にとっては重要なエネルギー源になりますね。W君は独りのときもシャドウ模擬授業をワッセワッセと練習していったようです。

本番を終えて、やはり課題は中学公民でしかも憲法であったとか。だいぶ落ち着いて対処できたとW君から報告がありました。前回も書きましたがW君は面接ではおそらくほとんど非のうちどころがないタイプです。模擬授業が合格すれば、そのまま決まると思っていました。まさに結果はその通り。新卒での常勤職採用選考突破は見事です。9月からの2ヶ月少しでしたが、吸収力の高さには脱帽します。それもこれもW君が抱き続けた先生になりたい強い志が原動力になっていたと思います。天が認めた天職なのかもしれませんね。山あり谷ありでしょうけれども、夢中でがんばってください。(了)

椅子を立つ話

大きな話をするつもりもなく、またできもしないわけですが、世相が明るさを失ってずいぶんと久しくなりました。駅に、街角に浮かない顔の大人たちが行き交います。誰も黙々と人ごみの中に消えていってしまいます。待てよ、いつからこうだったかな?何がなくなったのか?何の喪失感なのか?それとも昔からこうだったのか?そう言うと前からずっとそんなだった気もしてくる。いやしかし、その昔、素朴に明るい笑い声がもっと街角にあったと思う。そうだ、確かにあった。あのとき、何があったのだろう?

地方から大学に入るために東京にやってきたとき、その30年前の見知らぬ街だった東京には何かわからない、まだ見ぬ“いかすこと”があると思っていました。近所の銭湯に行く度にお年寄りの会話が聞こえ、それが東京弁というのか江戸弁というのか、これこれ、これが東京だ、そう思えたものでした。関東大震災に遭ってもびくともしなかったという通し柱が自慢の元陸軍大尉の下宿の大家さんと奥様から、なんというか“東京”を毎日浴びていました。夕方からは新宿のデパート屋上のレストランで、アルバイトのウェイターの日々でした。東京は新しかったです。確かに“いかす”までのことはなかったけれども、この次はもっと何かあるかも、と思っていた気がします。

1985年にはプラザ合意があって、その後はご承知のように大バブルが日本を襲いました。でもこの話は既に伝説に過ぎなくなった感があります。見る影もないですものね。確かにあの頃は威勢がよかった。なんとかなる、どうにかできる。そんな空気が満ちていたと思います。世界一豊かな国になったイメージすら持っていました。その頃、就職先の先輩が、貯金をはたいてさらに銀行から借り入れし、なんとか家を買ってしまえば、もうそれが明日からどんどん値を上げてくれる。子供に残せる財産はこれなんだ、と言っていたのを思い出します。

まさかバブルはその後破裂するとは思ってもみなかったですね。この好景気が未来永劫続くような気持ちでいました。それが錯覚だとはそのときには思えなかった。誰彼みな元気は元気だったのですけれどもね。なんやかやと思い出しながら、今の今失われたものは何か?考えてみているのですが、言ってみれば、あの頃は“明日”があったのだと思えます。まだ見ぬ何かが待っているだろう明日がありましたね。明日があるさ、という歌じゃないですが、今日は負けても明日があるさ、ともっと素直に思える空気があったのを思い出します。

教室の生徒の前に立つときに、まず教師自身が明日を見失っていないか?このチェックがとても大切だと思います。教師が明日を見失っていて生徒が明日を感じることはできないからです。職員室の椅子から立ち上がるときに“明日の空気”が自分の全身から出せているか?チェックをしましょう。そして、自分の声が明日を語れるようになっているか?喉を馴らしながら教室に向かってください。明日を感じさせる教師が本物の教師だと思います。(了)
 

巨きな話

日常の大半は、いわゆる目先のことに掛かりきりになっています。そしてそれが多くの人の日常ではないかとも思います。もちろん目先のことは大事です。生活というのは目先のことですからね。誰も懸命になって目先のことのために駆け回っています。しかもときとして命がけで目先のことに取り組んでいる瞬間もあります。周りが見えないくらいまっしぐらに、遮二無二突進している人を見かけることがありますし、そういう自分自身が脇目も振らず必死の思いで直進していることがあるわけです。

それはそれで文句のつけようのないことです。それはそれでよいのだろうと思います。生き物の原理を生きるということですから、このことは受け入れるほかないことですよね。また眼前のことに懸命に取り組むことで、やりがいや手ごたえを感じるのはむしろ自然と思えます。1年があっという間に過ぎ、駆け抜けるように歳月が後から追いかけてくるような生き方は、相当にいい気分ではないでしょうかね。それだったらまことに文句はありません。

しかし、つくづく難しいと思うのですが、同じことを繰り返すのは簡単ではない。誰もが承知の通りです。人は飽きてしまいます。これは大敵なのですね。飽きることを愉しむという人はなかなかいません。飽きてしまうと嫌になってくる。これも誰もが承知していることです。目先のことに飽きるというのは、ですから、なかなか逃れることのできない憂鬱を募らせます。来る日も来る日も変わり映えがしないと感じる時、やっぱり息苦しいのですね。

そのときどうするかというと、目先のことに行き詰まったら、実もふたもないですが、その目先を変えることを昔から人は試みてきたわけです。とはいえ実際に目先を変えることは存外難しい。目先のことに一杯々々になっているとき、目が近過ぎて視界が狭くなるからですね。そのとき見える世界が小さくなっているからだと思います。その見える世界を拡げるにはどうしたらよいか?目を精一杯見開いてもたかが知れています。

巨きなものを見ることが大事です。視界を拡げるにはより巨きなものを見ることです。世界とか宇宙とか、巨きなものはいくらでもある。自分が小さくさらに小さく感じられるような、そんな巨きなものがよいと思います。かなりの確率で視界がぱっと晴れていく。教室に生徒が通ってくる意味は、この巨きなものを見るためではないのかと、ここのところ思うようになりました。(了)

研修旅行の話

先週、私は一泊二日の社員研修旅行に行ってきました。もちろん研修が主たる目的であるわけですが“同じ釜の飯を食べた仲”になることも、こういった旅行では大切な目的になっています。生徒の修学旅行はまさしくそうです。修学の名前を冠している学びのための旅行ではありますが、その実、起居をともにして仲間との付き合いを深めることが最大の目的ですよね。生活を共有することは、特に食事や風呂など生活の基本中の基本を共にすることは、群れなし森にいた頃の人類のDNAが甦り、群れの秩序が体内に宿り直す、なんてことなのかもしれません。研修旅行に一緒に行った仲間が、どこか“懐かしい人”になってゆくのは、この人類の大原理が働きだしているからだろうと思います。

ところが、若い人を中心に研修旅行が好まれなくなった、などとマスコミなどが言うことがあります。確かに世の中の趨勢と言いますか、大きく観てそういう傾向を感じる部分もなくはありません。生活の共有など煩わしいと思ってしまうのでしょうか。実際に面倒なことも出てきはします。そもそも勝手気ままというわけにはいかないですから。自分のペースが崩れてしまうこともある。気疲れする。そんな声が聞こえてきそうです。ゆっくり家で寝ていたい、の声もそこに混じっていそうです。

さて、くだんの研修旅行は、今回は温泉地のホテルで行われました。集合研修が終わって、一風呂浴びようかということになり、三々五々連れ立って大浴場につかりにゆきます。みんな『うわー』とか、深く息を吐きながら湯船に首までつかり、しばしジーッとしています。何も気詰まりでない、誰もソワソワする者もない、ゆったりとした時間が流れます。話の花が咲き始めます。大笑いになることもあります。湯船にまた入り、また出て、そしてまた入たり。浴場から出て浴衣姿になったら、アクが取れたと申しますか、みんな別人の顔になっています。かくして各々別人になったところで一緒に夕げを囲み、若干のお神酒など入って話の花が満開になり、ワイワイガヤガヤ。屈託なく大笑いです。あとは半ば雑魚寝が待ってました。ブツブツと布団で話し合う者もあり、高いびきを始める者もあり。

さてもスマートとはとても言えません。しかし一晩経って翌朝には、実にみんな“どこか懐かしい人”になっていました。これならば、誰がなんと言っても、時間の無駄などとは言われたくないですね、もしかして生まれ変わっているくらいの経験かもしれませんよ。(了)
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