タイガーマスク最終回の話

 『三つ子の魂百まで』とはよく言われるが、まさにそうかと思う。子どもの頃に見たもの、聞いたこと、感じた思い、これらは深く入って忘れることはない。よくも悪くも影響は深い。テレビなどもまさにそうで、子どもの頃に見たテレビ番組は、細部まではっきり思い出せるし、時々なにかの拍子で思い浮かんでくる。なぜ、こんなことを思い出すのか、そんな思いがけない時に浮かんで来ることもある。

 いつかの年の春先だったか、とある養護施設にランドセルが数個贈られたことがあって、その贈り主が本名を名乗ることなく、添え状かなにかに『伊達直人』と名乗っていたというニュースがあった。『伊達直人』と聞いてそれが誰かすぐに思い出せるのは、まずもって40代半ば以上だろう。何度か再放送されてはいるが、オリジナルはもう40年数年前に放映された、テレビアニメの主人公の名が、その『伊達直人』だった。

 アニメはその名も『タイガーマスク』。タイガーマスクとは、プロレスラー伊達直人が虎を模したマスクを被ってリングに上がる時のリングネームだ。彼は『虎の穴』の出身。虎の穴には、世界中から人さらいのようにして頑強そうな子どもたちが集められ、地獄の特訓を行って一人前のプロレスラーに叩き上げるという収容所まがいのレスラー養成所が虎の穴だ。

 そこでの猛特訓中に仮に子どもたちが死んでもそれは仕方がない。弱かったら死があるのみ。集められたのは孤児同然の子どもたちという設定で、生き残るには叩き上がるしかないという筋書きとなっていた。その虎の穴の優等生として、“黄色い悪魔”と称される悪役レスラーとなって日本のマットに現れたのがタイガーマスクこと伊達直人なのだった。憎まれ、蔑まれながらリングで暴れるヒールが“黄色い悪魔”たる所以だ。

 伊達直人は孤児として施設で育ち、ある時、虎の穴にさらわれレスラーに仕立て上げられた。けれどもその同じ施設の後輩となる子どもたちが、タイガーマスクの悪辣ぶりに歓喜する様を見て、伊達直人は悩み始める。そして、ついに無法な反則によるのではなく、正当な必殺技で対戦相手を倒し、子どもたちにフェアプレーの正しさと真の強さを見せようとする。さらにファイトマネーを虎の穴に送金せずに孤児のために使う決意をし、それを以って虎の穴から裏切り者として命を狙われる者となる。

 当時このアニメを齧りつく様に毎週観ていた私は、タイガーの闘いが、子どもの単純な正義感に訴えてくれるのをとても快く感じていた。素朴なヒロイズムを感じていたと思う。『自分も将来は孤児を救うんだ』とか、あの頃は本気で考えていた。

 そして、なんと言ってもこのアニメは最終回が鮮烈に記憶に残っている。最終回はタイガーマスクが虎の穴の総帥でもあるタイガー・ザ・グレイトなる残虐なレスラーと決死の死闘を繰り広げた。おそらく、当時、私は声も挙げず固唾を呑んで画面を観ていただろう。あれは何かを私に残した。よいものだったのか、悪いものだったのかは知らないし、わかりようはない。しかし、確かに残ったものがあり、それは40数年経った今なお、時に頭をもたげてくることがある。おそらく、それはこの先も消えることはないだろう。(了) 文責;島田真樹

 

明日の詩の話

 ここしばらくは、元プロ野球選手のK氏の覚せい剤取締法違反による逮捕のことでマスコミはかまびすしい。連日連夜と言ってもよい過熱報道ぶりである。確かに彼はそのくらいのビッグネームだった。高校1年生の時に甲子園選手権大会で鮮烈のデビューをしたことは今でも記憶に残っている。優勝候補筆頭の対戦チームから、高1の彼は特大のセンターバックスクリーン越えの大ホームランを放った。あの時の彼の姿を目を閉じれば思い描くことができる。

 その後、プロに進む時に契約問題のこじれがあり、彼は意中の球団に進むことができなかった。そのドラフト会議で、彼は別の球団に栄えある1位指名されたにも関わらず、学生服に詰襟の彼が悔し涙を浮かべていたのが忘れられない。なんと言ってよいのか、大人の社会に触れたというか、そのことで彼の中に何かが起きたということはあるかもしれない。小さな子どもの頃から、寝る前にその意中のチームのユニホームを着て眠っていたというのだから、無念さは幾ばくだったろう。

 しかし、プロでは新人の1年目から、早々に1軍で大活躍のデビューを果たし、あっという間にそのチームの不動の主砲の名を欲しいままにした。優勝請負人の感さえあった。スター選手の花道を彼は歩いていた。高額の年俸を手にし、幸せな家庭もできて、人も羨むスーパースターの人生がそこにはあると誰しも思ったろう。でも、絵に描いたような世界というものは本当はどこにもないのかもしれない。

 残念なのは、彼の有名がこのような形で地に堕ちたということではない。もちろん、残念には違いないが、本当に残念なのは彼がもっと前に覚せい剤と手を切ることができたのに、そのチャンスを失い続けて来たことだ。少なくとも前回の疑惑が囁かれた時に、あれを機にきっぱり覚せい剤を止めることはできなかったのか?逆に、あの時に言い逃れができたかに見えたのが、却って悪く働いたか。しかし、あの時、とことん堕ちることを彼が選らんだということだろう。だから彼自身が、いつかやがて今日の日が来ることをわかっていたということなのだろう。

 それがK氏の選択であったのだから、もはや他の者がとやかく言うことではない。法の裁きを受けて償うことと、しかるべく施設に入って薬物中毒から体を回復することしか当面はないだろう。そこから来る日、もう一度這い上がることができたなら、私はK氏を大いに見直すだろう。
 『・・・人生が繰り返すことはないけど、やり直しはいつだってできるだろう。泣いて昨日を振り返るより、明日の詩を唄おう・・・』どこかで聴いたことがある歌謡曲のこの一節が、K氏の耳に届くといいと、ふと思う。(了)  文責;島田真樹

 

別人みたいな話

 また相撲ネタである。時々相撲の話がしたくなる。相撲には伝統に育まれた、なんというか形式美があると思う。土俵で取る相撲に型があるが、相撲界全体にも型があるのだろう、背景がしっかりしていて、ここに載せて描いたらよい絵ができそうな世界だ。力士を包む空気に歴史が滲んでいるのだと思う。

 この初場所では、久々日本人力士が優勝賜杯を手にし、それが10年ぶりだというニュースに沸いた。ただ、この長い沈黙を破ってみせたのが、他ならぬ琴奨菊だと予想できた人は滅多にいなかったにちがいない。これは本当に意外だった。ダークホース中のダークホースであった。なにしろ前の場所は8勝7敗でぎりぎりの勝ち越し。また、至るところにサポーターを巻いていて、故障に苦しんでいる様子が丸分かりの姿だった。そんな先場所までの琴奨菊の様子から、まさか今場所優勝するとは思えなかった。

 しかし、今場所の優勝はけしてフロックではない。圧勝、圧巻だった。まずモンゴルの3横綱をすべて薙ぎ倒した。大関陣も総なめだ。終わってみれば見事な14勝1敗。この唯一の負けは、幼馴染で中学時代は同じ学校の同窓だった豊ノ島に敗れたものだった。ちょっと因縁めいている。千秋楽の優勝を決めた大一番を終えて、控えに帰る花道の奥で、豊ノ島は琴奨菊に祝福の出迎えをしていた。笑顔で握手を交し合っていた。一昨日の友が昨日は敵となって、今日また友となった。豊ノ島はテレビのインタビューで『最も嬉しく、最も悔しい』とコメントしていた。まさにそうだろう。

 琴奨菊の今場所はまるで別人のようであった。別人も別人、短期間でこれほどにも変われるものかと思わしめ、進境著しいものがあった。確かに体格も大きくなっている。僧帽筋がモリモリと盛り上がっていて、相当に筋肉トレーニングを行ったことをうかがわせる。ほかにも全身が筋肉を纏い、その分大きくなっていた。でも一番大きな変化はこのことではない。体格、体調もさることながら、最も変わったと思ったのは、土俵に上がってからの琴奨菊の落ち着きぶりである。これは画然とちがった。以前は、スグに舞い上がっていた。大一番では上滑って空回りしている印象が強い力士だったのだ。今場所のあのどっしり感とは無縁だったと思う。

 『今日もルーティン尽くしの一日でした』優勝インタビューで琴奨菊は優勝を掛けたこの日の一番について感想を求められ、こう答えていた。続けて『勝ち負けより、自分で決めたことをやり抜くつもりだった』とも答えた。なるほど!ここにあったのだな。おそらく琴奨菊はメンタルトレーニングを積んでいるにちがいない。イメージトレーニングをしっかりやっているだろう。体力の強化だけであれだけ変わることはないと思える。自分のベストの相撲を取り切るための最良の一日の流れのことを“ルーティン”と呼んでいるのだろう。やっぱりメンタルが変わった時に真の強さは出てくる。

 メンタルが変わると言えば、琴奨菊の新婚の愛妻の存在が大きいようだ。『優勝賜杯を取って、その横に妻を座らせる』そういう約束をしていたらしい。大切に思う人がいて、護るべき者があると思う時、その人物のメンタルは急激に強くなるのだろう。琴奨菊が力を出せたわけである。(了) 
文責;島田真樹

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